7月の東海岸 (後編)
: 西村位津子
(Tramps)
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(4)トランプスで並ぶ
私が出発した翌日7月16日、大学ラジオ局でクラブ トランプスでの追加公演が発表されました。
チケットは友人夫妻が手に入れてくれ、ラッキーな私は素晴らしいコンサートが楽しめました。
当日7月26日、朝6時半に起こされ寝ぼけつつ友人に連れられマンハッタンへ向かいました。前日街に着いたばかりでニューヨークの地下鉄に乗るのさえ初めてで現実感もないまま
22 St.のトランプスへ8時前に到着し、そのあとドアのまえで夜の8時まで並びました。
その日は月曜日なので、朝、足早に出勤していく人たちの視線を受けながらトランプス扉横の道路脇で座ることになりましたが、行き交う人が好奇心から尋ねてくる質問は「チケットを買うための列? 誰が演るの?」で
「チケットは売りきれで、我々は今夜のボブ・ディラン公演を良い場所で見るために並んでいる」
という答えを聞いた後のリアクションもなかなか面白く人間観察が楽しくこなせました。
反応1、ボブ・ディラン? ワーオ!本当にここで演るの? (一般的反応)
反応2、ボブ 誰?
("風に吹かれてやローリングストーンを書いた人ですよ"との声に)
違うよ、風に吹かれてはピーターポール&マリーの歌じゃないか。
反応3、ボブ・ディラン? 彼はもう死んでるじゃないか?
列がのびるに従い多くなる質問者に、かしこい女性が
「Bob Dylan, Tonight, Sold Out」
との張紙をしたりしました。
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列には各自持参の椅子、枕やゴザなども揃っておりそれぞれ本を読んだりCDを聞いたり睡眠をとるなど、様々に過ごしていましたが皆さん非常に元気で明るくお喋りの花を咲かせていました。
お互いに場所を確保しあって、食事や休憩やシャワーなどに抜けだしたりしましたが猛暑の7月の炎天下、ボブをより近くで見るためだけに皆さん長時間並んでいるのは感動的な光景でした。
昼になり日差しはとても強く、
サングラスをかけアイスコーヒーを飲みながら建物の影に逃げ込んでもやはり汗を押さえる猛暑でした。私は、うしろの20代前半女性2人組と影の中に並んで、地面を眺め影がのびてくるのを待っていました。
スターバックス・コーヒーとマクドナルドとバーンズ&ノーブルが近くにあり、列の皆さん交代で涼みに出かけていました。
私はこのように長時間列に並んだ事は無く、体力的に非常に消耗しましたが皆さん驚くほど気さくだったおかげですごく面白い話をたくさん聞く事ができました。
トロントからきたピーター・ギャラガー似の好青年にロン・セクスミス(トロント出身)がクラブクアトロ大阪で9月公演するんだよと教えてもらったり、とても社交的な台湾青年アレックスとNY観光相談や台湾映画「非情城市」の話をしたり、スイスからきたカップルにイシュゲル公演のボブ写真を見せていただいたり、画家の青年に自作の絵葉書をもらったり、髪を短くしたドイツの長身青年カーステンに再会したりしました。
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日本人のヘックルは知ってるかと尋ねるウィスコンシンのおばさんにはパティ・スミス95年12月公演では寒さに凍えながら列に並んだという話を聞いたり、「イギリス人はもっと上品に並んでたの?」と赤ちゃん連れのセイディー夫妻を交え各国ファン比較話もしました。昔ボブのバンドメンバーの1人にDATを預けた事もあるという強力な人もおり、コネチカットのおじさんはポール・ウィリアムズを家に泊めた時の話をしてくれました。
「だれだれは知ってる?」という会話や「やあー久しぶりねえ(+キスと抱擁)」という挨拶が多いのにはびっくりでボブ・ディラン・ファンの交流の広さあるいは狭さが忍ばれました。
水玉のシャツを着て列に並ぶ日本人の若者が現われて、日本語が通じて嬉しくべらべらと喋ってるうちに
「あなたがあのボブの日本語ページを作ってるのか」と驚かれ驚くのはこっちでした。(想像より私は若かったらしい)
機材の搬入作業もすぐそばの裏口から行われ、暇な私たちはいちいちトラックからでてくる機材の表示で
「おお、あれはラリーのギターだね」などと一喜一憂していました。
"Bob Dylan's dressing room" と書かれた 1.8x1x1m ほどの箱が転がされていくのをみた時は、
「おお、ボブはあの中に入って移動しているのか?!」と箱から出てくるボブの真似をしてふざけあったりしました。
その他、長時間同じ列を作っている同じ趣味の人間同士、仲間意識でテープ交換の約束や住所が交わされるなど、とても和やか+朗らかな雰囲気でボブ・ディラン・ファンって良い人ばっかりやなあ、とほれぼれしました。
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夕暮れ時になるとさすがに観客が詰め掛けはじめ、警備の警官たちが現われ列の前の方では知らん顔で割り込み並びはじめる人たちも現れました。
徹夜組の1人、ローラーブレード青年の友人2人(金髪女性と黒髪女性)が列に割り込んできたのを見て私のすぐうしろの長身の彼女がついにキレ「そこの2人!割り込むんじゃないわよ!!!」
と怒り出したので、なだめようとした私は考えなしに
「そんなに大した事じゃないじゃん、彼は徹夜したんだし」
と言葉をかけました。(英語というハンデと彼女の剣幕に私はすぐ後悔するはめになる)
すると
「彼は徹夜したかもしれないけど、そこのブロンディーとジプシーは違うでしょ。
私たちは一日ずっと並んでたのよ!あなたもずっと待ったでしょう! 小人数だからって割り込みは割り込みなのよ。許せるわけないでしょ。1インチ許すとすぐに全部乗っ取られるわよ。ここアメリカじゃそうなのよ、覚えとくと良いわ!!! 」
などと見事な啖呵を切られ、言ってる内容は分かるが言い返す程の英語力も無い私には反論も出来ずアメリカ的押しの強さにカルチャーショック再びでした。
ふくれ上がった列のほぼ全ての人が喋り続け、だれかが道路に焚いたお香も消えてしまったあと8時頃にドアが開き、運の悪い人たちは厳しい警備員にカメラを没収されたりしていました。
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(5)トランプス公演
努力と幸運のおかげで私は正面2列目に位置し小さな舞台はすごく近く、遠近感がなくなってしまったかのようでした。
舞台は小さく、機材だけでスペースのほとんどを締め、ポール・サイモンのバンドなら全員は乗れないくらいの大きさでした。中央奥の機材の上にはグレイトフル・デッドのマグカップや貼り付けられたセットリストを照らす
電気スタンドがおいてあり舞台上手にはデジタル時計がありました。ボブとバンドが舞台の下手から出てきたのは、たしか9時30分過ぎのころです。
いつものように側章のついたパンツと白いコードで縁取りしている黒いスーツとカウボーイ・ブーツで帽子は無しだったと思いますがボブの顔ばっかり見てたので服装は良く思い出せません。
それまで見た6公演のポール・サイモンのツアーと明らかにちがっていたのは会場にいたのが超真剣なボブ・ディランばかりだったことです。このちいさな会場でボブを見れる事がどんなに貴重か判り、そのために暑い日の貴重な時間をトランプスのドアの前で過ごしたりチケット入手のため非常な努力をして、それに見合うものを求める期待をあふれさせている人ばかりだったからです。みんな叫んでいました。
私が見た位置のせいか、その会場のせいかボブもそれまでの公演とは違う様子で、最初こそ音の調整に戸惑っていたようなものの最後までずっととてもリラックスしていました。
チャーリー・セクストンがバッキーの位置(一番上手側)に立ち、ラリーのそばにペダル・スティール・ギターが移動しています。
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チャーリーはバンドでの場所を探し出せたようで楽しそうに演奏しかつ覚えたてのような生真面目さがすごく新鮮でした。
啖呵をきった先ほどの長身の彼女が薔薇の花束を抱えて私の左に位置していて
「Charlie Sexton is gorgeous!!!」と叫んでいるのが聞こえましたが私も同感で、チャーリーは実際ボブのバンド史上最も男前なメンバーだと思います。ほとんどずっと手元を見つめているのが初々しさを感じさせ、ボブそれに隣のトニーと視線を交わし少し前かがみな姿勢でボブの顔を覗き込むように演奏していました。
一方、弦楽器の天才ラリーは以前では考えられないほど素晴らしく堂々とリード・ギターを弾き、ボブの信頼を一身に受けており本当に驚くほどいろんな楽器をあやつっていました。
彼は北国の少女のイントロのギターなどものすごく簡単そうに弾いてますがボブがどの曲でも鳴らすあの同じ音と重なり見事に美しく、ボブが歌いはじめた優しく低い声に加えこの曲がいっそう美しくなっていました。
ジョン・ブラウンがこの日の目玉でした。ボブはマイクに向かって片足を踏み出して低い声でゆっくり歌いはじめて
でも去年1月のNYCほどおどろおどろしくなくて、トニーとチャーリーは並んで身体でリズムをとり、ボブとバズーキを演奏しているラリーの顔を見つめ演奏していました。ボブはデービッドに向かって大きく縦に首を振ってすばやく客席を振り返りギターをかき鳴らして曲を終わらせていました。
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この曲の時点で誰もがこの日は特殊な選曲になるのかと思ったはずですが、実際次の曲は私の想像を超えた選曲でなんと Visions Of Johanna でした。私はこの曲をライブで聴くのは初めてで実際その期待さえしてなかったのでびびりました。ボブも客が喜ぶのはわかってるようでしたが私も幸せでした。
特にこの曲の後には 「Thank You, Bob!!!」
という叫びがたくさん聞こえ私も同感でしたが、興奮状態の人ばかりではっきりいってちょっと怖いくらいでした。誰かそのうち ハレルヤ!!! と叫びだすのではというくらいの盛りあがりでそのせいかどうか、この後続く曲は最近ではあまりやらない曲ばっかりでファン冥利につきました。
私の大好きな Seeing The Real You At Last は
少し前たしか97年なんか、しつこく繰り返し毎日演奏していた曲ですが最近はもうあまりやらなくて寂しかったので
私は懐かしい友達に会ったような気さえしました。(私にとってこれと対のようなお気に入りが
Watching The River Flow でこれも最終日ジョーンズビーチで復活した)
Every Grain Of Sand はとても美しく、ラリーがペダル・スティールをあやつっておりとても素敵で、もちろんバッキーのようではなくて正直それは少し寂しく感じました。曲が終わって皆余韻にひたっていると長身の彼女が
「That was damn good, Bob!!!」と叫んで周囲に響き渡り、そう、今のはすごく良かったボブ!!!と叫びたくなるほど良かったので皆同感して笑っていました。
私にはアコースティック・セットはとても早くすぎさってエレクトリックの選曲に驚いていると Highway 61 Revisited でした。これはほとんどどのコンサートでもアンコール前最後の曲でロックの見本みたいに皆を躍らせる演奏で、個人的には97年夏頃からのこの曲と Pill-Box Hat でのデービッドの活躍にはいつでも心躍らせていました(特に曲の後半)。
96年夏ウィンストンがいた頃のシルビオ並みのお気に入りなんですがこの日は3人のギターバトルが見事で特別の長さでした。
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チャーリーが見事なリードをまず弾きましたが、笑顔をたやさず膝でリズムをとるトニーの横からボブの近くにそーーっと一歩ずつ近寄っていきまるでボブにこんなかんじでどう、ボブ? と尋ねてるようでした。そんな訳ありませんが、まるでその時初めてチャーリーに気付いたかのようにボブはチャーリーをじっと見つめかえして深くうなずいていました。
ラリーは今までにないリズムをずっとキープしていて、ギター・ストラップがはずれてもギターを左手で支えて
リズムをキープしていて(しかも笑顔で)、ギター・テックのトミーさんがストラップを元どおりはめ直してくれ態勢を整えると、チャーリーの後を引き継ぎソロ演奏をはじめました。
その後ボブも少しボブのソロを弾いてデービッドの活躍で曲が終わり、お辞儀をしてバンドは舞台から去っていきました。
まるでボクサーのようだ、と右前に陣取っていた法律家の男性が表現していたように笑顔のボブは軽やかなステップで舞台左袖からアンコール演奏をしにスキップしながら出てきました。
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Not Fade Away でチャーリー・セクストンは赤いギターをもっていて、私には楽器の型等の説明は上手く出来ませんが映画バック・トゥ・ザ・フューチャーでマイケル J フォックスが持っていたようなチャック・ベリーが良く持ってる50年代ぽい丸いかたちのやつといえば、なんとなくわかると思います。
その大きな赤いギターを持ったチャーリーとラリーがそれぞれボブの両側でマイクに向かいハーモニーをつけボブが首をかしげて歌詞を歌い、リズムに合わせてそのまま膝を曲げて腰を深く落とすとき、そのバンドが並んだ姿がとてもカッコ良くて驚くほどでした。まさにボブの紹介とおり「国で一番素晴らしいプレイヤー」でした。
座って演奏する事の多いバッキーのいたバンドに馴染んでいたため、前の4人がマイクに向かって立つ姿に私は非常に強い印象を受けました。
特にこの曲では曲自体が素晴らしいせいか、コーラスの声のタイミングに重なるように照明は止まりまるでカメラのフラッシュを焚いたようにマイクに向かう3人の手がギターを離れ宙に浮いている様子が一瞬止まって見え、それは見事な姿でした。まわりがちかちかしていました。
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ボブは深くお辞儀して満足そうに笑い、足元に落ちていた薔薇を2、3本客席一番前位置していた女の人達に投げ、もう数回お辞儀し去っていきました。
再び登場して風に吹かれてのあと、「One more?!」とトニーがボブに聞き返す口の動きが見え帰り掛けていた白い帽子のデービッドもドラムセットに戻ってきて Alabama Getaway をはじめたので95年にJacksonvillで見た時を思わず思い出しました。この曲をまた聴けるとは実際思っていませんでした。
さすがにアンコール3回はないだろうと思っていましたがボブは元気に舞台に戻ってきて
「紹介は必要のない男だ」といい嬉しそうにエルヴィス・コステロを招き入れました。彼は
ウッドストック99 出演のためアメリカへ来ていたようです。
ちょっと関係ないですが、基本的にあまり舞台で喋らないボブが人を紹介する時にその名前を言うその言い方が私はすごく好きです。ファーストとラスト・ネームの間にちょっと間を開けてラストネームを早口で言いかけて囁き声のように語尾を伸ばすところです。特にこのツアーじゃあ「ポール・サイモーン」と言い馴れたせいか口も軽かったようです。
曲は95年イギリス、ブリクストンでエルヴィスが飛び入りした時と同じ
I Shall Be Released で、エルヴィスはボブとラリーの間に立ってアコースティック・ギターをつまびき、ボブがまず歌うのを待っていたようで、彼が歌うべきだった初めのラインを歌い損ねていました。
ボブは特に気にしてないようで、続きを歌いはじめましたがずっと客席からショウを見ていたというエルヴィスは
多少緊張してるみたいで一方ボブは非常に嬉しそうでした。
全て終わって外に出られたのは深夜0時頃で、満足そうに交わす感想が聞こえ、道路はあふれる観客とそれを整理する警官でざわざわしていました。■
July 26, 1999
New York, New York
Tramps
1.Oh Babe, It Ain't No Lie (acoustic)
2.The Times They Are A-Changin' (acoustic)
3.Boots Of Spanish Leather (acoustic)
4.John Brown (acoustic)
5.Visions Of Johanna (acoustic)
6.Seeing The Real You At Last
7.Ballad Of A Thin Man
8.Most Likely You Go Your Way (And I'll Go Mine)
9.Every Grain Of Sand
10.Tombstone Blues
11.Not Dark yet
12.Highway 61 Revisited
(encore)
13.Love Sick
14.Like A Rolling Stone
15.It Ain't Me, Babe (acoustic)
16.Not Fade Away
17.Blowin' In The Wind (acoustic)
18.Alabama Getaway
19.I Shall Be Released (with Elvis Costello)
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関連するページ
Bob Dates (セットリスト)
Expecting Rain (レビュー)
Cowboy Angel Sings (ボブ・ディランの歌ったカバー曲について)
Lasers In The Jungle: Paul.Simon.org (ポール・サイモンのセットリストとレビュー)
Dead.Net (グレイトフル・デッドについて)
bobdylan.com (ボブ・ディランについて)
Cant Wait (レビュー)
Bob Dylan and the Never Ending Tour Band (ボブのバンドについて)
人物紹介
7月の東海岸
前編 -
後編 -
追記
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