7月の東海岸
(前編): 西村位津子
(ボブとポール)
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(1)
1999年7月
ボブ・ディラン/ポール・サイモン・ツアー:
その概要
私が見に行ったのは、1999年7月15日-31日の公演です。この間全部で12回ボブの公演があり、一公演パスしましたが合計で11公演見ることが出来ました。
1998年前半のヴァン・モリスン・ツアーと同じようにこのポール・サイモンとのツアーでも、登場順が日ごとに変わりました。チケットに
「Bob Dylan & Paul Simon」 と表記していれば、その日はボブがメイン、つまり最初にポール、ポールとボブのデュエット、休憩をはさみボブという具合でした。
時間配分例:
6:30 開場
8:00 予定開演時間
8:10 ポール・サイモン
9:30 - 9:50 デュエット
10:20 - 11:45 ボブ・ディラン
ほぼこういった時間配分にそってコンサートは進んでいきましたが、私が見た公演のなかでも後半の日程は、ボブの登場時間が遅れていきました。定刻から25分後に登場、サイモンとのセット間休憩45分のあと登場という事も有りました。ボブはいつも時間どおり、と思っていたので少し意外でした。
ボブの気分とセットリストにより演奏時間は多少しましたがサイモンはプロフェッショナリズムの権化でした。しかし、セットリストが示すとおり今回のツアーはボブにしては珍しく曲の変化に乏しいツアーでした。想像ですが、バンドの新人ギタリスト チャーリ・セクストンもしくはポール・サイモンへの気遣いでしょうか。
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また、メインの2人以外に前座はありませんでした。これは会場や市の規則などが関係するのかもしれません。実際、7月22、23日マンスフィールド(ボストン郊外)公演では11時の門限を過ぎたため会場の責任者が市に罰金を支払ったとかいう話もありました。(CNN/Showbiz)
各会場敷地内に別に設置してある特設ステージのようなところで演奏している知らないバンドは幾つかの会場で見かけましたが毎回違うバンドでした。ただ、それは共通してリーバイスがスポンサーだったようです。ボーズのブースが無料Tシャツを配っているのも良く見かけました。ちなみに、チャーリー・セクストンが前座をしたのかと思ったむきもありましたがそれは違います。
会場は、客席部分に屋根がある野外会場がほとんどです。最近のボブのツアーではお馴染みですが、10000から20000人収容のアンフィシアターといわれる会場でした。大抵のお客さんは車で来ており、実際車でしか行けない山の上などに位置しているところが多く大きな駐車場ではバーベキューなど楽しげなピクニック気分の人もいました。
客席後方は通路をはさみロウンと呼ばれる安い芝生席になっていて、ほとんどのお客さんは毛布やデッキチェア持参です。そのため、大きなスクリーンが舞台左右や客席後ろなどに設置されているところが多くみられました。大抵の会場は、客席外の売店のTVスクリーン等でもその画面が流れるという気の効いた作りになっていました。
季節的に夜7時頃はちょうど夕暮時にさしかかり、あたりに視界を遮る建物もなければちょうど良くきれいな空が見えました。大阪城野外音楽堂を巨大にしたような感じで、ある種グラウンドのない野球場のような奇麗な雰囲気でした。
ポール又はボブ、片方だけ目当てのお客さんも予想以上にたくさんいて、高価なチケット代金にもかかわらずお目当ての演奏が終わるとさっさと帰途につく人たちや、お目当ての演奏が始まるまで現れない人たちの空席が目立ちました。どちらが先だったとしても、客席は埋まらないまま始まる事が多かったので交代に前座を担当しているといえました。
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(2)サウンドチェック
幸運にも、私は舞台の裏からコンサートを見ることもできました。私のような只のファンがこんな良い目を見て良いのかと思いましたが、これは以前このサイトでツアーレポートを書いてくださっていた西村さんのご好意によるものでした。こんな貴重な機会は2度と無いと思います。この場を借りて心からお礼を申しあげます。
もちろんボブに会ったり等はしませんでしたが、それは全然期待していなかったので別に驚きませんでした。かえってポール・サイモンがサウンドチェックでミセス・ロビンソンを歌ったり、比較的気軽に姿を見せていたので驚きました。サイモンは物静かな感じでスタッフと座っていたりしましたが舞台衣装と同じく、野球帽にTシャツ、ジーパン、サドルシューズ(白x茶)という姿でした。私は自分がポール・サイモンのファンじゃないので少し申し訳なく思いました。
一番ショックだったのは、今まで一方的にお馴染みだったボブスタッフの人たちに個人的に会ったことでした。しかも、その人たちが私に優しく挨拶してくれるわけです。観客の録音・撮影を厳しく取り締ることでファンの間では有名なバロンさんは、実際信じられないほど優しく笑ってくれ、それが嬉しくてとても印象的でした。
双方のクルー、バンド共にリラックスした雰囲気で、一緒に食事しお喋りし和気あいあいでした。ハーレー・デービッドソンのTシャツにジーンズ姿のベーシスト、トニーは、まるで腕利きスタッフのように黄色いリーガル用箋を小脇にきびきび動いていました。ドラムスのデービッドはサングラスと大きな白いステットソンという舞台上と同じ姿をいつもみせていました。
ギターのラリーは弦があるものなら何でも操れるという評判にたがわず、いろんな楽器
(バイオリン、マンドリン、ギター各種等々) を手にしていました。一度すれ違った時、ハンガーにかかったスーツを手にした彼は想像できうる限りの暖かい笑顔でハイと言って歩いていき、私も見習いたいなあと感じました。
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新加入のチャーリーは気さくで親切な人でした。カプチーノマシーンの操作方法を尋ねた私に、自らカフェラテをつくってくれ、相槌も明るく("cool!")普通の若者っぽい喋りかたでした。「あなたのラッテが冷めるのに申し訳ない」というと「もんだいなし」と日本語で言ってくれ、黒いショート・ブーツにジーパンというラフな姿でしたが驚くほどハンサムでした。
ところで、彼は86年デビュー当時日本でアイドルと呼ばれ大人気だったそうですが、それを理由に彼を馬鹿にして軽く扱った文章を最近みました。それはまるでベストセラーは絶対読まない主義の人みたいに理不尽だと思いましたが、つまり私が知らないだけでそこまで大人気だったようです。
サウンドチェックも何回か見学できたんですが、これが一番面白い経験でした。実は何年か前に、会場の壁の外に座ってサウンドチェックを聴いたりしたことなどもあり元々私はサウンドチェック好きでした。サイモン組、ボブ組ともそれぞれ毎回1時間半ほどの時間をそれに割いており、サウンドチェックというよりリハーサルと呼べるほど念入りに演奏していました。
私が見た時点でチャーリーは充分馴染んでおり、ボブ以外は全員そろってる舞台上からPAスタッフにマイクを通して冗談を言うなど既にチームの一員でした。ラリーに弾いてもらったギターフレーズをチャーリーが繰り返すなどの新加入ぽい楽しげな練習もありましたが、スタッフも含めて皆さん自分の仕事をやっています、という非常にプロっぽい場でした。
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私のみたかぎり
サウンドチェックで演奏していたのは
Senor,
Masterpiece,
Everything is Broken,
Simple Twist of Fate,
Someone touched Me,
Hallelujah I'm Ready to Go,
などで特筆すべきでもないが少しレア、という曲ばかりでした。コーラスのある最後の2曲などはラリーとチャーリーがそれを歌っていましたが95年10月に当時のギタリスト J.J.ジャクスンがサウンドチェック時Born In Timeをボブの代わりに歌っていたように誰かがボブのパートを歌う事は全くありませんでした。
しかし、最も興味深かったのは何日も連続して Cat's in the Well を練習していたことです。実際の舞台では演奏していませんが、一度など皆でCDを聞き返してそれを参考にまた続けて練習していました。
ボブを含めたリハーサルがそれぞれのツアー開始前に4、5日あるそうですが、その後いつ来るか判らぬリクエストにそなえてボブ抜きで毎晩いろんな曲を練習してるといった印象を受けました。一ヶ月くらいツアーが続いていてある日突然 「ツアー前に一回練習したあの曲やって」 とかボブは言うのかもしれません。
ポール・サイモンはボブと違ってほぼ毎回同じ曲を同じ順番で演奏し、サウンドチェックにも姿を見せ指示も出し、自ら歌うことさえありました。
残念ながら、コンサートを楽しむという点からいうと舞台袖は音が悪くボブの声も遠く聞こえました。ギターの準備などの音も聞こえてきます。ちなみに良い点はボブ達が近いことです。
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(3) キャムデン公演
私の旅行ですが、国際便の到着が遅れたため乗換に間に合わず航空会社が一泊+食事をカバーしてくれ、またその機内で隣り合わせた若者がDylanという名前の28歳で会話もはずみ、なかなか好調な出だしでした。
初日は早朝から飛行機で移動し、いろんな方にお会いし緊張のうちに一日目のコンサートを楽しみ、その翌日7月17日はキャムデンのEセンターが会場でした。
フィラデルフィアへアムトラックで移動しホテルのおじさんに観光案内所の場所を聞くと、「JFKプラザという場所にあるよ、そういやJFK Jr.の悲劇はきいたかい」 と知らなかったケネディ家の飛行機事故というビッグニュースまで教えてくれました。
バスに乗り、フェリーに乗り、水面がきらきら光るきつい日差しの中すっかり観光気分で川をわたり東隣の街キャムデンへ着くと、水族館と公園のそばの会場ではまだ時間が早いせいか警備員も座ってスティーブン・キングを読んでいました。そこでトム・ペティ・ツアーが小休止だったという西村さんにお会いし、様々に便宜をはかっていただきました。
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この日の公演は前日と違いボブがメインでした。
あまりポール・サイモンの歌も知らない私ですが、彼等はすごく整った演奏で毎晩素晴らしいコンサートをこなしており、ポールはこの日も自分のセットを終えると、丁寧ですごく感じ良くボブを迎えていました。
("Ladies and gentlemen, it's a pleasure for me,
and a joy to share the stage on this evening with ...Bob Dylan!")
ポール・サイモンのバンドはパーカッションセット2つ、ドラムセット1つにホーンセクションを含む約10人編成という巨大なバンドでした。
The Sound of Silence
That'll Be The Day/ The Wanderer
Knocking On Heaven's Door
デュエットの選曲はツアー中ほとんど変わりませんでしたがSound of Silence は何度聴いても予想以上に美しいデュエットでボブは低いハーモニーを担当していました。
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ボブがポール・サイモン・バンドに参加する場合、この曲で吹くハーモニカはスーツの上着ポケットに忍ばせていて、それを間奏になると微妙にすばやく取り出すのがなかなか可愛らしい仕種でした。ちなみに、この曲をサイモンのバンドと演る時はハーモニカのタイミングを逃す事が一度もなかったと思います。
メドレーの方は、日にもよりますが二人とも笑顔満面で歌詞を忘れても笑い声でごまかすという、ただ楽しんでいる様子が伝わる演奏でした。ボブは気分が乗らない日など特に、きょろきょろと後を向いたり、バンドと視線を交わしたりただギターを爪弾くなど、真面目なポール・サイモンが歌ってくれるのにおまかせしていました。
デュエットを聴くのが楽しかった理由の一つが、サイモン・バンドとの共演でした。キーボードやホーンセクションは新鮮でしたし、Heaven's Doorはレゲエでした。78年のDon't Think Twice レゲエ版が大好きな私は大歓迎でした。しかもボブが張り切ってギターソロを弾くので全く聞き飽きませんでした。私は毎回、最初のドラムの音から笑顔になるほどでした。
またこのツアーを通して、この曲に一行分歌詞が追加されていました。
I hear you knockin' on but you can't come in
(繰り返し)
何回聴いてもふざけた歌詞、と思っていましたが、見つめ合って嬉しそうに歌う二人の姿には抵抗できない魅力がありました。(参考:ベン・テイラーさんの歌詞聞き取り)
実際二人とも何が嬉しいのか、と思うほどの笑顔で互いに何か喋ったり曲が終わると握手したりと見るからに仲良しでした。
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休憩をはさんでボブのセット。私は舞台上手袖から見ていましたが、ボブはバンドメンバーと並んで奥の方からゆっくりと現われ、スタッフを含めその場にいた人全員が舞台へ出てゆくボブの動きを追っていました。
一曲目の Somebody Touched Me はスタンレー・ブラザーズの曲ですが、バッキングコーラスがすごく効いていて、特にバッキーにかわるチャーリーの声が溌剌としておりラリーの声と3人で明るく軽快なオープニングでした。またボブの声は低くてかなり調子が良さそうでした。
Tambourine Man と Tangled Up という定番2曲でとても美しいハーモニカがありました。
ちなみに後者はほぼ毎晩演奏されましたが、いつも色々と楽しい見所がありました。98年夏頃からこのアレンジが続いていますが、ラリーが弾くギターの高い音とメロディーは美しくしかも踊れるという長所を誇り、セット中盤の要です。ボブは最近「13世紀の詩」部分を復活させており、この日は歌詞も忘れることなく歌っていました。ボブのハーモニカ+デービッドのドラムで果てしなく続く後半など、96年SIlvio 並の完成度を誇っていました。
私はこの曲の照明が大好きで、ラリーがギターソロをとる部分が曲中2回ありますけど、その時、バンドに当たっている照明以外が全て消えて、メンバーの影がリズムに合わせて後ろに長く伸びて揺れる、その色合いがゆっくり変わっていくところなど素晴らしいもので、いつも見ほれていました。
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Make You Feel My Love の演奏前にはボブは何か紹介を喋っていましたが、ちょっと聞き取れませんでした。
(参考: Bob Dylan Jokes - Expecting Rain)
少しゆっくりめの曲がつづいたあとバンドを紹介し ("Finest players in the country" ボブも感じ良かった)
それに続きデービッドがすごく早い HIghway 61 のリズムをたたき、この日初めてリードを弾くチャーリーとスライドギターもすごく上手なラリーが順番に出番を受け持ち、ボブも最後に二人に重ねてソロを弾くというギタリスト3人の見事なギターバトルとなりました。
この曲がこの日のメインだったと思います。トニーと顔を見合わせて笑い、ボブの向こうのラリーと視線を交わすチャーリーはなかなか初々しい感じでバンドの中の弟のようでした。激しい演奏で観客が舞台前へと走っていくのが見えました。
アンコールで出てくるまでの約2分間彼らはいつも何してるのかと思い、ボブはもしかして機材の影に走って逃げて自分の世界に立てこもるのかしらと考えたりしましたが、それは違いました。全員、舞台袖のボブのスペースで立って並んでお喋りしていました。セットリストを貼り付けた鏡や飲み物などがおけるようになっている大きな箱(通称ボブの楽屋)がありその前でチャーリー、ラリーに挟まれたボブは手を口元にあてて全員と並びとてもなごやかな雰囲気でした。
Rolling Stone も華麗なデービッドのドラムスから始まり既にHighway 61 で舞台前に詰め寄っていた観客がどよめくなかチャーリーがオリジナル録音のマイケル・ブルームフィールドのようなギターを弾くのでそれは非常に新鮮でした。Watchtower でのアコースティック・ギターの出だしもそうですが、チャーリーが新加入だけにオリジナル録音をお手本にしたかのような演奏をするのがとてもロックぽい演奏だった理由の一つかもしれません。
選曲は普通でしたけれど、この日はすごく良いコンサートでした。
ロビーでは友人が4人もいて
「どう?良かったね今日!」
「 ポール・サイモンのセットも良かったよね。」
「でもポールがオープニングの時の方がボブの調子は良いみたいだよね。」
「そう、私も同感。」
「私の近所でうるさい客がいてね、歌詞をすごく大声で歌うからどうしようもなくて黙るようにお願いしなくちゃならなかったのよ。」
「私の近所は静かでバッチリだったよ。」
「私はステージラッシュで舞台前に走っていってから、音が全然聞こえなかったの。」
「そういやNYのクラブショウが26日て発表されたよ、聞いてない?
チケットは21日発売だよ、会場の住所はメモしてあげる。」
「私、ちょっとTシャツとマグを買ってくるわ。」
「オッケー、じゃあ次はオールバニーで会おうね。」
など旧交を暖め情報を交換しました。やっぱりコンサートが終わって、友人とその感想を交換し合うまでが楽しいコンサートの経験だなあ、と思いました。■
July 17, 1999
Camden, New Jersey
Blockbuster-Sony Music Entertainment Centre (E-Centre)
1. Somebody Touched Me (acoustic)
2. Mr. Tambourine Man (acoustic) (with harp)
3. Masters Of War (acoustic)
4. Love Minus Zero/No Limit (acoustic) (Larry on pedal steel)
5. Tangled Up In Blue (acoustic) (with harp)
6. All Along The Watchtower
7. Make You Feel My Love
8. Stuck Inside Of Mobile With The Memphis Blues Again
9. Not Dark Yet
10. Highway 61 Revisited (Larry on slide guitar)
11. Like A Rolling Stone
12. It Ain't Me, Babe (acoustic) (with harp)
13. Not Fade Away
関連するページ
Bob Dates (セットリスト)
Expecting Rain (レビュー)
Cowboy Angel Sings (ボブ・ディランの歌ったカバー曲について)
Lasers In The Jungle: Paul.Simon.org (ポール・サイモンのセットリストとレビュー)
Dead.Net (グレイトフル・デッドについて)
bobdylan.com (ボブ・ディランについて)
Cant Wait (レビュー)
Bob Dylan and the Never Ending Tour Band (ボブのバンドについて)
人物紹介
7月の東海岸
前編 -
後編 -
追記
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