40th Annual Grammy Awards



Album Of The Year
Best Contemporary Folk Album
Best Male Rock Vocal Performance



1998年2月25日第40回グラミー賞授賞式でボブは上の3つの賞を受賞しました。
おめでとう! ボブ。


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受賞スピーチ


Well, I've got to mention them, Columbia Records, Tommy Mottola, Don Ienner ... Don Ienner heard these songs way back when and convinced me to put it out ... although his favorite songs aren't on it ... but he put it out anyway. [laughter behind Bob]

Larry Jenkins has been down in the trenches all the way from Italy to England and back again...Daniel Lanois, who helped produce this, and Mark Howard ... can't forget that. We got a particular sound on this record which you don't get every day. Everybody worked extra-special hard, even the musicians [laughter]...

Augie Meyers from San Antonio...Jim Dickinson, my brother from Mississippi ...and Cindy Cashdollar, Bucky Baxter, Tony Garnier, Jim Keltner, just every old body, David Kemper... everybody worked really hard on this and we didn't know what we had when we did it but we did it anyway.

And I just want to say that when I was sixteen or seventeen years old, I went to see Buddy Holly play at Duluth National Guard Armory and I was three feet away from him...and he LOOKED at me. And I just have some sort of feeling that he was ... I don't know how or why ... but I know he was with us all the time we were making this record in some kind of way.

In the words of, you know, the immortal Robert Johnson, "the stuff we got'll bust your brains out", and we tried to get that across. And this man right here, he was sort of instrumental in helping that out; I'm going to let him say a few words ... Daniel Lanois [applause].



まずは彼らに触れないとね、 コロンビア・レコーズ、トミー・モトーラ、ドニー・レナー。ドニー・レナーが曲を聴いて発表しろと勧めてくれた。ちなみに彼の好きな曲は入らなかったんだけど、でもとにかく彼は発表してくれた。

ラリー・ジェンキンズはイタリアとイギリスを往復して頑張ってくれた。制作に力を尽くしたダニエル・ラノア

そしてマーク・ハワード、忘れちゃいけない、我々はめったに得られないような特別な音をこのレコードで得たんだから。皆本当に良く頑張ったよな、ミュージシャンたちさえもだ。

サンアントニオのオーギー・メイヤーズ。 ミシシッピにいる兄弟ジム・ディッキンスン。そしてシンディ・キャッシュダラー、バッキー・バクスタートニー・ガルニエ、ジム・ケルトナー、とにかく皆の ...デービッド・ケンパー... 世話になったよ。何をやったのかわかってはいなかったけれど、でもとにかく我々はやりとげた。

で、それと少し言いたいんだけれど、16.17歳の時 Duluth National Guard Armory にバディ・ホリーの演奏を聴きに行ったんだ。僕は彼からたった1mのところだった。

その時彼が僕の方を見た。そして、僕は何かの感じを受けていて...なぜかはわからないけれど、でも彼は我々がこのレコードを作っている時いつも一緒にいてくれたんだ、何かの形でね。

偉大なロバート・ジョンスンの言葉みたいに「脳みそをぶちまける」ことをめざした。そしてここにいる、この男は楽器みたいにそれを助けてくれた。それじゃあここで彼にひとこと言ってもらおう。ダニエル・ラノアです。


感謝:
ボブのスピーチ文章は Expecting RainGrammy 1998 からのものです。
また、日本語訳は WOWOWの字幕(翻訳:石川眞弓、片岡里美、小池勢津子、西村実千子、橋本陽子、Reiko Walters)をもとにが翻訳しました。の英語力は完璧からはるかに遠いものです。訂正、意見は優しくに教えてください。





受賞と演奏

第40回グラミー授賞式は1998年2月25日、ニューヨーク、ラジオシティ・ミュージック・ホールで行われました。ボブ・ディランは アルバム・オブ・ジ・イヤーベスト・コンテンポラリー・フォーク・アルバム(Time Out Of Mindで) ベスト男性ロック・ボーカル(楽曲Cold Irons Boundで) と、3部門にノミネートされていましたがその3つ全てで受賞しました。

また、ボブは授賞式でツアー・バンド、トニー・ガルニエバッキー・バクスターラリー・キャンベル、(ドラマー判別不可ケンパーさん?)と一緒に Love Sickを舞台の奥で黒い服装のきれいな若者たちにかこまれて演奏しました。 途中上半身裸で胸に SOY BOMB と書いたダンサーの乱入もありましたが問題にせず、ボブとは思えない見事なギター・ソロも披露し、会場のスタンディング・オベイションを受けました。

アルバム・オブ・ジ・イヤー受賞スピーチは大勢への感謝、それにバディ・ホリーへの思いとロバート・ジョンスンの言葉を引用したもので、感動した様子のダニエル・ラノアをにこやかに称えて、ボブはプレゼンターのシェリル・クロウと嬉しそうにしゃべっていました。また客席にはボブの演奏に立ち上がり拍手するドン・ウォズと、受賞発表に両手を挙げて喜ぶパティ・スミスの笑顔が見えました。

ボブの化粧は濃く、まるで78年のように顔は白く目の下には黒いアイラインがくっきりでした。91年グラミー功労賞受賞スピーチ時のボブを期待していた私は、ボブがちゃんとしていたのでびっくりしました。立派なサンキュー・スピーチでも anyway という言い方がボブらしく、嬉しく思いました。

授賞式は日本でも WOWOW で朝10:00-昼1:00に生中継されました(同日夜10:30より字幕・ステレオで再放送、さらに3/14(土)昼にも再々放送されました)。

グラミー受賞効果は、アルバムTime Out Of Mindの売り上げに現れました。1998/3/3付ビルボード・チャートでは前週の124位から27位へと急上昇しています。






メモ

ボブが触れているバディ・ホリーのコンサート("Winter Dance Party")というのは、1959年1月31日デュルース公演と思われます。(rec.music.dylan/HWY61-Lへの投稿)バディが飛行機事故で亡くなったのは1959年2月3日で、当時のボブは17歳でした。ロバート・シェルトンが書いたボブの伝記「No Direction Home」によると、ボブは1975年にWray Linkにこう言っています。
"Link, I was sitting in the front row when you and Buddy Holly were at Duluth, and you're as great now as you were then."

ちなみにボブは、1997年4月19日コネチカット州のハートフォード公演で1曲目にとてもかっこ良いバディの「Not Fade Away」を演奏しています。

偉大なロバート・ジョンソンの言葉というのは「Stop Breakin' Down Blues」の歌詞 "That stuff I got'll bust your brains out, baby hoo hoo, it'll make you lose your mind(おれの道具はおまえの頭をぶちこわす、訳分からずにしちまうぜ/日本盤訳詞)" からの引用と思われます。この曲はローリング・ストーンズがカバーしていることでも有名です。

ソイ・ボマーと呼ばれボブ・ファンから嫌われた乱入ダンサーは、マイケル・ポーソニーという名前のNY在住アーティストでウェブ・サイトもあります。グラミーの後一躍脚光を浴びインタビューを受けたりしましたが、元々は「演奏時の演出のためにボブの後ろで踊るよう200ドルで雇われた黒い服の若者」の1人だったようです。

The Wallflowersとジェイコブ・ディランも2つ受賞し、グラミー史上初の親子受賞となりました。






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